クラフトビールのおいしさと山城地域の魅力を全国に伝えたい。
代表取締役 板東 智也 氏
クラフトビールを醸造するタンク
4種類のクラフトビール
山城地域にオープンクラフトビール醸造所
2022(令和4)年5月、木津川市山城町にクラフトビール醸造所(マイクロブルワリー)がオープンした。経営するのは、2021(令和3)年3月に設立したばかりの、ことことビール株式会社である。
代表取締役の板東智也さんは、奈良県の酒造メーカーに勤めた後、独立を決意。とはいえ日本酒業界では、供給過多を防ぐため、新規の製造免許の発行は原則行われていない。そこで着目したのが、クラフトビールだった。「新しい業界で新規参入の
チャンスが大きい。近年のクラフトビールブームで市場は拡大しており、将来性を感じました」と、目をつけた理由を語る。山城エリアには豊かな自然と水脈があり、クラフトビール醸造に打ってつけの立地だ。周囲に競合するブルワリーもないことから、この地での起業を決めた。
開業にあたりクラフトビール醸造所が主催するセミナーなどを受講し、クラフトビール醸造のノウハウを習得。その知識・技術をもとに自社独自のクラフトビールを開発した。
地域の特産を生かしたクラフトビールを醸造
「自己主張せず、いろいろな料理を引き立たせ、食事をいっそうおいしく楽しくさせる。そんなクラフトビールを目指しました」と板東さん。まずはことことビールの「看板」となる、ヴァイツェン(白ビール)、スタウト(黒ビール)、ピルスナー、インディア・ペールエール(IPA)の4種の定番ビールを開発した。「ホップや麦芽をぜいたくに使用し、他にはない芳醇な香りと味わいを実現しました」と自信を見せる。
定番に加えて、地域の自然や特産を生かした山城ならではのクラフトビール造りにも挑戦する。その一つが、山城産のブドウを配合した「山城葡萄IPA」だ。「地域の農家から規格外のブドウを仕入れて材料に使用しています。また本来なら廃棄
する麦芽粕を肥料としてブドウ栽培に使用してもらい、『循環型クラフトビール』を完成させました」。これを限定販売し、好評を博したことから新たな依頼を受け、奈良県大和郡山市の特産品であるイチジクを使ったクラフトビール「イチジクヴァイツェン」を醸造した。こちらも地
域で限定販売したところ、数週間で売り切れるほど人気を呼んだ。
現在はクラフトビール醸造を手がけながら、営業活動にも力を注ぐ。京都や奈良、東京などの飲食店に直接販売する他、全国の酒販店や京都南エリアのスーパーマーケットや道の駅に卸している。日本酒の営業で培った酒販店のネットワークも活用
し、さらなる販路拡大を模索している。
起業から成長まで支え続ける商工会
ことことビールの起業時からその成長を支援してきたのが、木津川市商工会だ。「開業前、相楽地域ビジネスサポートセンターが主催する『創業塾』を受講した時にお会いしたのが始まりです。どうやって会社を作ったらいいのかというところから相談
に乗っていただき、開業してからも経営のアドバイスや補助金の情報などをいただいています」と板東さん。「起業も会社経営も初めてで、何をどうすればいいか、わからないことばかりでした。そんな時、気兼ねなく助言を求められる存在が本当に心強かった」と絶大な信頼を寄せる。
「今後も販路を広げ、当社のクラフトビールを全国の方々に知っていただきたい。さらに将来は、海外にも発信していきたいと考えています」と大きな夢を描いている。
独自の配合を追求し、自信作を完成させた
クラフトビールは原材料や配合の割合、発酵方法などの自由度が高く、造り手の裁量で多彩な味を生み出せるところに魅力がある。「それだけにいかに自社の個性を出していくかが重要になると考えています」と語る板東さん。ブルワリーの開業にあたり、まず取り組んだのが、自社のクラフトビールの開発だった。
日本酒もビールも、糖を発酵させた醸造酒の一種だ。前職で知り尽くした日本酒の製造工程と共通するところはあるものの、やはり材料が違えば、扱い方も造り方も違う。板東さんは、一からクラフトビールの醸造法を学んだうえで、自社商品の開発に着手した。
「まずは『レシピ』作り。例えばホップをこの割合で入れると、どの程度の苦みになる、色はこのくらいの濃さになるといった既存のデータを基に、自分の目指すビールの配合を考えていきました」
仕込みは、一発勝負。「少量で試作し、成功したとしても、スケールアップしたら発酵の進み具合などが変わり、味も風味も別のものになってしまう。そこがビール造りの難しいところです。そのためレシピを決めたら、工場のタンクで一定量を仕込む必要がありました」。それだけに失敗すれば、損失も大きい。今後のブルワリーの命運を占う大きなチャレンジだった。
仕込みは、朝からスタートした。初めてのことばかりで、一つひとつの作業に時間がかかる。時間は刻々と過ぎ、板東さんらの疲れは増していったが、発酵が始まると、もう途中で仕事の手を止めるわけにはいかない。「『意地でも完成させる』という思いでした」と当時を振り返る。
ようやく完成したのは、翌朝の夜明け前だった。「絶対に妥協はしたくなかった」と、並々ならぬ意気込みで取り組んだ板東さんも納得の出来栄え。「これは、いける」と、確かな自信が芽生えたという。ブルワリーを構えた場所は、京都府と奈良県の県境にある。二つの古都にちなんで「ことことビール」と命名した。
「ことことビール」と共に地域の魅力を発信する
現在販売する定番4種は、麦芽やホップの種類、配合に徹底的にこだわり、「ことことビール」ならではの味わいを追求する。それに加えて、地域の特産を生かしたクラフトビールの開発にも力を注ぐ。「『ことことビール』と共に、ブルワリーのある木津川市や山城地域のすばらしさを多くの人に知ってもらい、少しでも地域に貢献したいという気持ちもあります」と言う。
ブルワリーの一角に飲食スペースも設けたのも、地域の人に「ことことビール」を飲んでいただく機会をつくるとともに、地域以外から「ことことビール」を目当てに訪れる人を増やしたいという狙いがある。ブルワリーは、最寄りのJR棚倉駅から徒歩数分の好立地にあることから、「ぜひ全国のクラフトビール好きに、この場所まで足を運んでいただきたい。『ことことビール』をきっかけに、この地域も楽しんでいただけたら嬉しいですね」と期待を寄せる。
クラフトビール業界全体を盛り上げ、市場拡大を目指す
クラフトビールの世界に飛び込み、業界のオープンで自由な空気に惹かれたという板東さん。「日本でクラフトビールの醸造が可能になって30年近く、まだまだ歴史は浅く、市場規模も圧倒的に小さい。それだけに業界全体で力を合わせてクラフトビール市場を盛り上げていこうという機運を感じています。ブルワリー同士の情報交換も活発で、ビール造りについても快く教えてくださいました」
板東さん自身も大手クラフトビール醸造所が開催するセミナーなどでビール造りのノウハウを学んだ経験から、「今度は私も後に続く人をサポートし、業界振興の役に立ちたいという思いもあります」と言う。
近年、大手ビールメーカーがクラフトビールに参入するなど、市場拡大は続いている。「これからも魅力あるビールを造り、業界で盛り上げていきたい」と意気込んでいる。