京都府商工連だより
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關原工房

伝統工芸の技と歴史が詰まった京人形を世界に発信したい。

關原工房
京人形師 關原 せきはら 紫光 しこう
關原工房 京人形師 關原 紫光 氏

十二単の姿で伝統美を表現した「雪」

工房に併設したギャラリーに作品を展示

 八幡市の国宝・石清水八幡宮のすぐ近くに工房兼ギャラリーを構える京人形師・關原紫光さん。独自の技で芸術的な人形を創った先代・關原紫水さんの後を継ぎ、独自の作品世界を創造し続けている關原紫光さんに人形創りに懸ける思いを伺った。
關原工房
〒614-8014 京都府八幡市八幡北浦8のA608
TEL:075-983-5507
http://kyo-ningyo.net/

先代の技を受け継ぎ独自の京人形を創作

 国内外で高い評価を受ける創作京人形を創り続ける京人形師關原紫光さん。人形の髪を結う職人として京人形の世界に入り、独自の技法を磨いて芸術性・独創性にあふれる「關原京人形」を創り上げた父親で先代の關原紫水さんの後を継ぎ、その技を守りつつ、独自の作品を創作している。
 小さい頃から紫水さんの仕事を間近に見て育った紫光さん。当初は別の道に進んだものの、やがて「父親の人形を広めたい」と仕事を手伝うようになった。時はバブル経済崩壊後の1990年代初め、「2年先まで詰まっていた注文が一瞬にして白紙になるような経験をして、問屋さんに頼るのではなく、自ら販売する力を持たなければならないと思いました」と振り返る。持ち前の行動力で人脈を作り、個展や展示会を開催し、直接注文を受けて今までに無かった新しい作品の創作もスタートした。
 人形創りは分業制で、頭(かしら)、手足、髪付け、着付け、小道具など、それぞれ専門の職人が作るのが一般的だが、關原さんは先代の頃からほとんどの工程を自ら手がけている。図案製作から白生地の染め、手描き、刺繍まで、一点ものの着物を誂えるのと同じ手間をかけた衣装、時代風俗の考証を重ねて再現した日本髪や着付けなど、徹底して「本物」にこだわる。「衣装から小道具にいたるまで人形にはあらゆる伝統工芸の技と、それを育んできた歴史が詰まっています。もし人形の作り手がいなくなったら、貴重な伝統工芸の技も失われてしまいます」と紫光さん。危機感を強める中で「父の技を継承できるのは、間近で見て、手伝ってきた私しかいない」と自ら人形創りを開始。1993(平成5)年、紫水さんの後継者として京都府の「京もの工芸品の技術後継者」に認定された。

縁がつながって海外の展示会に次々出品

 關原紫光さんの人形師としての道を開いたのが、「雪」という作品だ。ちりめんの産地・京丹後で織られた多様な白生地で重ねた十二単を纏った人形を創作した。以来、「白」の美しさと光輝く色彩が關原紫光さんの人形を象徴する特長になった。
 2009(平成21)年にパリのル・グランホテルで開催された展示会に紫水さんの作品と共にこの「雪」を出品し、大きな反響を呼ぶ。以降、オーストリアやイタリア、上海など海外の展示会に次々出品してきた。国内でも名だたる場所で個展を開催。今では注文が後を絶たないが、「縁あってたくさんの方に支えていただいたおかげです」と朗らかに笑う顔に奢りは微塵もない。

商工会と一緒に世界に発信していきたい

 先代が存命の時から長きにわたって關原さんの人形創りを側面から支えてきたのが、八幡市商工会だ。「困ったことがある時に助けていただく頼りになる存在です。さまざまな補助金の情報を教え、申請や取得も手伝っていただいています。補助金を紹介していただいたおかげで、パリの展示会への出品も可能になりました」と信頼を寄せる。2021(令和3)年には、補助金を活用し、紫水さん、紫光さん、そして日本画家であるご息女の三世代の作品を掲載した作品集を出版した。
 「これからは世界に発信していきたい」關原さんは新たな目標に向かって動き出している。日本が誇る伝統の技を世界に広げるべく意欲を燃やしている。

伝統工芸の職人技から人間工学まで学び、生きているような人形を追求

 關原紫光さんの父で師でもある紫水さんは、自らが思い描く理想の人形を追求するため、従来分業で行われている人形創りの技を長い年月をかけて自分のものにし、ほとんどの工程を自分で手がけるようになった。染色や金彩加工といった伝統工芸の技を職人に習い、また日本女性の美しい姿を表現するために人間工学を学び、日本舞踊や文楽への造詣も深めた。紫光さんも、そうした紫水さんの「本物」を追求する姿勢を受け継いでいる。
 衣装や小物の創作に加えて、人形の胴作成から手足のポージング、着物の襟合わせや着付け、髪結いまで、人形作りには緻密な技と高い表現力が求められる。指先の向き、着物の裾のなびき方一つで、はっとするほど美しい姿、まるで生きているような表情を見せるから不思議だ。「父からは、360度どの方向からでも美しく見えるようにと教えられました。私も歌舞伎役者や舞踊家の方の動きやポーズを研究し、人形作りに取り入れています」と紫光さんは語る。

作品の価値を一番理解していなかったのは自分かもしれない

 今では海外でも高い評価を得ている「關原京人形」だが、その道を切り拓いたのは紫光さんの人柄と行動力だった。
 「父の作品集の出版を記念して百貨店で展示会を開催した時、ご覧になったお客様から『パリで展示会に出したら、きっと感動されると思いますよ』と言われたのが海外へ目を向けるきっかけでした」と關原さん。
 丹後ちりめんの産地・京丹後の織物業に携わる会社が共同でパリの展示会に出展すると聞いて、「パリへ行きたい!」と関係者に直談判した。「最初はもちろん部外者ですので、難色を示されましたが、お願いして事前の会合に参加させていただきました。その熱意が伝わったのか、最終的には丹後産のテキスタイルを使って新しい人形を創るという条件で、参加を認めていただきました」
 そこで關原さんは、海外の展示会のために生産されたさまざまな丹後織物の白生地を幾重にも重ねた十二単の衣装をイメージして、初作品「雪」を完成させた。2009年3月にパリのル・グランホテルで催された展示会に出品した反響は想像以上だった。これを皮切りに、国内外の展示会への出品依頼や個展の打診、メディアの取材が相次ぐようになった。
 とりわけ關原さんの人形を高く評価したのは、海外で芸術・美術に関わる専門家たちだった。それは、關原さんが人形師として仕事を続ける上で大きな支えになったという。2014年に初代・紫水が亡くなった時もそうだった。「父の人形を世に広めたい一心で仕事をしてきたので、人形に関わる意味を見失い、これから先人形師としてどう生きていったらいいのか、わからなくなってしまいました」
 その時に思い出したのが、海外でかけられた賞賛や周りの方々からの励ましの言葉だった。「もしかしたら自分の作品の価値を一番理解していないのは、私自身かもしれないと気づいたのです。それからは自信を持って海外に発信していこうと心が決まりました」

人に寄り添い、心を癒す人形を作っていきたい

 「日本では昔から人々の幸せを祈るために人形が作られてきました。これからはそのような人に寄り添う人形を創りたいと思うようになりました」と關原さん。
 その思いで創作した新作が、臍の緒を納める人形「愛くるみ」だ。臍の緒を入れる桐箱を胴体にして愛らしい丸顔の頭を付け、純白のおくるみで包んだ。着物には最高級の梨地ちりめん、半襟には皇室献上品の紫陽花ちりめんを用いるなど、素材も厳選。關原さんがひとつひとつ童の顔を描き、可愛らしく髪を結って仕上げた。その他にも「童観音」など「身近に置いて、時には触れて、心を癒したり慰めたりできる人形」作りに力を注ぐ。
 一方で海外からの注文や、日本の歴史に関わる大規模な注文に応えるなど、精力的に創作に取り組んでいる。これから關原さんがどんな作品で世界へ感動を伝えていくのか、期待が膨らむ。