京都府商工連だより
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食道具 竹上

日本の食生活を支える食道具「庖丁」の文化を伝えたい。

食道具 竹上 代表廣瀬 康二
京都府のほぼ中央に位置する南丹市で、60年以上薬種業を営んでいた祖父母の店舗を引き継ぎ、工房兼店舗を構えた食道具 竹上。代表の廣瀬康二さんは、「庖丁コーディネータ」として庖丁の製造・修理、さらには情報発信と多彩な活動を展開している。「庖丁文化を伝える」という高い志のもと意欲的に活動する廣瀬さんにお話を伺った。
食道具 竹上
〒629-0101 京都府南丹市八木町船枝半入58−2
TEL:0771-20-1604
https://kyototakegami.com/

庖丁コーディネータとして「本物の庖丁」を提供する

 「ほんまもんの庖丁を伝える」ことを目標に掲げ、食道具 竹上は、2010(平成22)年、南丹市に工房兼店舗をオープンした。代表の廣瀬康二さんは、日本で唯一の「庖丁コーディネータ(庖丁調整士)、を名乗り、庖丁の製造・販売に留まらない独自の活動を展開している。
 「庖丁は、食材を生かし、料理をおいしくするのに欠かせない道具であり、ひいてはそれを食べる人をより良く生かす道具です。そんな『食道具』である庖丁を通して人とつながり、世の中のお役に立ちたいと考えたのです」と創業の動機を語った廣瀬さん。その思いを実現するべく、3つの取り組みを進めている。
 一つは「本物の庖丁を提供すること」。伝統的な庖丁づくりの製法にこだわり、専属の鍛冶職人が鍛造することはもちろんだが、竹上の真骨頂はその後工程、廣瀬さんが手仕事で行う「本刃付け」にある。自らの手で感覚を確かめながら刃を研ぎ上げ、使う人に合わせてフォルム(型)やバランス、切れ味を調整する。一人ひとりの要望や使い方にぴたりと合う仕上がりに、プロの料理人からの注文が絶えない。
 二つ目には「庖丁の更生修理」も行っている。刃がすり減ったり、不具合が生じた庖丁を修理するのが主だが、廣瀬さんは単に切れ味を取り戻すだけでは良しとしない。「庖丁は使う人の身体の一部です。お客様から用途やこの状態に至った経緯などをていねいにお聞きし、購入された時以上に使いやすく、新たに生まれ変わらせるのが更生修理です」と語る。

「庖丁文化」を伝える情報発信・教育にも尽力

 三つ目の柱として廣瀬さんがひと際力を注いでいるのが、「庖丁文化を伝える」活動だ。「庖丁は、単なる調理道具ではありません。すばらしい日本食の文化、日本人の食生活を支えてきたもの。そうした庖丁にまつわる文化を多くの方に知っていただきたい」と廣瀬さん。求めに応じて庖丁の選び方から使い方、研ぎ方などをアドバイスする他、全国で講座やセミナーを開催。伝統的な庖丁の鍛造・調整・刃付けや本式の庖丁の研ぎ方、日本食の伝統などとともに庖丁文化について講演している。
 さらに最近は京都を訪れる外国人にも活動範囲を広げている。「日本の食文化に関心を持って京都を訪れる外国人の方は年々増えています。そうした方々にも日本の食文化とそれを支える庖丁文化を伝えたい」と言う。現在、外国人を対象とした講座も開催する他、今後は京都市内にアンテナショップを開くことも計画。そこにはキッチンスタジオも併設し、料理や食事を楽しみながら情報発信や教育を行うことを考えている。

商工会の支援を得てさらなる飛躍を誓う

 庖丁の製造や修理の枠を超えて活躍の幅を広げる食道具 竹上。そんな同社の挑戦を支えているのが南丹市商工会だ。「創業を相談した時からお世話になっています」と言う廣瀬さん。「職人として誰にも負けない技術と情熱はあっても、それだけでは経営は成り立ちません。アンテナショップを開くための資金調達はどうしたらいいのかなど困ったことがあるたびに相談し、アドバイスをいただいています。親身になって聞いてくださることが、何よりありがたいですね」と信頼を寄せる。
 10年後、20年後も「庖丁文化を伝える」取り組みを続けていきたいという廣瀬さん。高い志を胸に、庖丁コーディネータとしてさらなる飛躍を誓っている。

プロの料理人の注文に応える中で学んだことが財産

 廣瀬康二さんと庖丁との出会いは、廣瀬さんの大学時代にまでさかのぼる。「京都にあるマグロ卸売店でアルバイトをした時のことです。今でも『人生の師匠』と仰ぐマグロ職人が、『宝物だ』と言って、マグロを造るための刺身庖丁を見せてくださったんです。尊敬するマグロ職人がそれほど大切にする仕事の道具を私が造ることができたらいいなと思ったのが、庖丁に興味を持ったきっかけでした」と振り返る。
 さらに大学を卒業後、1年間オーストラリアに留学した際に、現地の日本食レストランでアルバイトをしたことが、廣瀬さんの人生を決めた。「外国の地で日本料理や日本の食文化を客観的に見て、そのすばらしさに心を打たれ、『将来、食文化に携わる仕事に就きたい』という気持ちが固まりました」。
 帰国後、全国に名を知られた京都の老舗庖丁店に就職。庖丁を扱う技術はもちろん、営業や販売などさまざまなことを学んだ。
 「何より財産になったのは、プロの料理人のお客様とのおつきあいでした」と廣瀬さん。庖丁を誂えたり、自前の庖丁を修理するために店を訪れる多くの料理人に応対するのも廣瀬さんの仕事だった。どのジャンルの料理人がどのような種類の庖丁を使うのかから、料理や庖丁に対する各々のこだわりまで、要望は千差万別だ。「それぞれの料理を生かす庖丁の種類や庖丁さばきとはどのようなものかを料理人の目線で学んだことが、今も糧になっています」。
 学べば学ぶほど奥が深く、2010(平成22)年に独立するまで、修行期間は実に16年に及んだ。

庖丁文化を知ることが食文化への理解を深める

 「和食」がユネスコ無形文化遺産に認定されたこともあり、近年、日本料理に高い関心を持つ外国人観光客が増えている。廣瀬さんは、そうしたインバウンド向けにも日本料理や庖丁文化について伝える活動を行っている。京都の寿司店と連携し、店舗で講座を開くなど、同じ志を持った京都の料理店などと協力することも少なくない。
 「スイスで日本料理店の料理人をしているというお客様に庖丁についてレクチャーしたことがあります。ご自身がお持ちの庖丁を試しに研いで差し上げたら、切れ味のあまりの変わりようにとても驚かれていました」と廣瀬さん。
例えば刺身を食べるといった食文化。生魚を美味しく味わうには切り方や切れ味が影響している。庖丁文化を知ることは、日本料理や日本の食文化に対する理解を深めることにつながると廣瀬さんは考えている。

庖丁コーディネータの技と志を継ぐ人材を育成

 「庖丁コーディネータ」としての廣瀬さんの技と志を次の世代に引き継いでいくため、廣瀬さんは人材育成にも力を注いでいる。現在、二人の若い職人が廣瀬さんの仕事ぶりを学びながら、本刃付けや更生修理を手がけている。
 また講演やセミナー、あるいは百貨店の催事などに出店する際にも若い社員を同行させ、お客様とのコミュニケーションやレクチャーのノウハウを教えているという。 「日本料理や日本文化について知識を深めることはもちろん、お客様と接することも、すべてが勉強です。さまざまな経験を通して『本物』を見極める目を養ってほしいと思っています」と廣瀬さん。
 「何より自分の仕事を愛し、愉しむことが大切だ」と強調した廣瀬さんは、最後にこう結んだ。「自分自身が心から愉しまないと、技術や知識を磨く意欲も生まれないし、お客様の心を動かすこともできません。だから私自身がこれからも庖丁に対する情熱を持ち続けたいですね」。