伊根町に訪れるほとんどの人が、初めて目にする舟屋の町並み。今ではほとんど見かけなくなった椎や松の木で建築されており、歴史を感じさせる外観だ。しかし、舟屋の中からの景色もまた素晴らしい。夜明けとともに動き出す漁船、朝日が反射してきらきら光る水面、そして夕焼けに染まる海――。海から最も近い家で、刻一刻と表情を変える雄大な自然を全身で感じることができる。そんな景色を、食堂の大きな窓から間近に望むことができるわけだが、実はこの窓、ベストな状態で室内から海の景色を楽しめる、鍵さんのこだわりが隠されているのだ。
重要伝統的建造物群保存地区にある舟屋を改修するにあたっては、屋根の形状からサッシや窓に至るまで、ありとあらゆるところに細かな規制があり、窓の高さも例外ではなかった。
しかし鍵さんは“お客さんはこの景色を楽しみたいに違いない!”と思い、あたかも“室内空間が海に浮かんでいるよう”に錯覚させる――最高の眺めを実現するために幾度も協議を重ねながら、このロケーションが実現できたという。利用客の目線に立っているからこそ、捨てられなかったこだわりがあったのだ。「この窓から海を眺めながらのコーヒーは格別」、そんな言葉をもらったという。