京都府商工連だより
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舟屋の宿

舟屋を生かした宿で、「何もしない」贅沢を味わってほしい。

舟屋の宿 蔵
くら 亜衡 つぎちか
代表社員 石田 幸広 氏

RAKU 伊根 by 舟屋の宿 蔵 内装

 伊根湾沿岸に舟屋が軒を連ねるその独特の景観から国の「重要伝統的建造物群保存地区」に指定されている伊根町で、舟屋を生かした宿「舟屋の宿 蔵」を営む倉 亜衡さん。漁師をしながら旅館業にも挑戦する倉さんに、宿を開業した経緯と展望について伺った。
舟屋の宿 蔵
〒626-0424 京都府与謝郡伊根町字亀島863-1
TEL 0772-32-0815
https://www.ine-kura.com/

漁師が営む舟屋の宿を開業

 丹後半島の北東端にある伊根町は、伊根湾に面して「舟屋」と呼ばれる建屋が軒を連ねる独特の景観で知られている。倉亜衡さんはその一角で舟屋を改装した宿「舟屋の宿 蔵」を経営する。
 倉さんの家は、代々伊根で漁業を営んできた。「祖父が舟屋を建てたのは、1936(昭和11)年。もとは漁船を引き上げて収納する船倉でしたが、近年は主に作業場や離れとして使っていました。それを改装し、2011(平成23)年、宿を開業しました」と言う。
 同宿は、海に面する舟屋ならではの特徴を生かした造りが魅力。海側は全面ガラス窓になっており、伊根湾を一望できる。水際までせり出したテラスの椅子に腰かけて潮風を感じたり、オーシャンビューの浴室で、海を見ながら入浴も楽しめる。「ここに来たら、何もせずに、ただこの景色を眺めるというお客様がほとんどです。早朝漁に出ていく船や、湾の向こうに沈む夕日など、時刻や季節によって移り変わる景色をお楽しみいただけます」と倉さん。宿泊客は、1日1組に限定。宿では食事の提供を行わず、地域の飲食店に送客することで、地域観光の盛り上げにも一役買っている。

顧客満足を追求した2号店をオープン

 2023(令和5)年9月、蔵の近くにもう1軒所有していた舟屋を改装し、新たに「RAKU伊根by舟屋の宿 蔵」をオープンした。部屋にはベッドと洋風のインテリアを揃え、現代的なデザインにした。「近年は外国人のお客様も多く、布団よりもベッドにしてほしいというご要望が増えていたことも、理由の一つです」と倉さん。それ以上に、付加価値を高めることが狙いと明かす。「布団敷きの場合、最多8名まで泊まれるため1組当たりの収益は高くなりますが、それでは納得できる宿泊体験を提供できません。ベッドルームにすると、宿泊人数は限られますが、その分お客様満足度を高め、客単価を上げられます」
 さらに現在、舟屋の宿 蔵も全面改装に着手。2024(令和6)年6月のリニューアルオープンに向け、目下工事を進めている。「こちらもベッドルームにするとともに、サウナと水風呂を新設します。リビングスペースには、くつろげるソファとチェアを設置する予定です。設備やしつらえのクオリティを高め、これまで以上に高い満足を提供したいと考えています」

初めての旅館開業を商工会が全面サポート

 漁業を主事業とする倉さんにとって旅館業は、未知の挑戦。開業にあたって頼りにしたのが伊根町商工会だった。「旅館業についてまったく知識のないところからのスタートでしたが、商工会に相談したら、必要書類を揃えることから開業準備まで全面的にサポートしてくれました」と倉さん。現在も、各種補助金の情報を尋ねるなど、新しいことに取り組む際には商工会に相談する。また10数年間、商工会青年部に入っていた経験も糧になっていると話す。地域の多様な業種の先輩事業者など、この組織に入っていたからこそ得られた人脈が、事業を広げる上で役立っているという。
 「理想は、自分で獲った魚介を使って、食事も提供できる宿。将来はそれも見据えて、時代に合った宿のかたちを考えていきたい」と展望を語った。

漁業を守るために新たな収益源の必要性を感じ旅館業を開始

 伊根町は、水産業が盛んな町でもある。「ブリやサワラ、イカなど、季節によってさまざまな魚が揚がります」と話す倉さんの家も、漁業を営んでいる。倉さんは高校を卒業後、約6年間大阪で会社員をした後、帰郷し、父親を手伝って海に出るようになった。現在は父の後を継ぎ、イカ漁を中心に岩ガキの養殖を手がけている。
 しかし自然相手の漁業で安定した収益を見込むのは難しい。加えて近年は、地球温暖化や環境汚染の影響からか、各魚の水揚げ量が変化していることも肌で感じていた。「漁業は、伊根にとって大事な産業です。何より私自身漁師の仕事が好きで、これからも続けていきたい。漁業を守るためにも、旅館業や観光業などの新たな事業を創出し、収益を確保することが重要だと考えました」と、旅館業を始めた理由を語る。

外国人観光客にも対応し、人気の宿に

 「舟屋の宿 蔵」を開業した当初は、「知る人ぞ知る」名所だった伊根町だが、10年ほど前から、舟屋の風情ある景観がSNSなどを通じて海外にも知られるようになり、外国人観光客も多く訪れるようになった。「当時は、英語対応の難しさから、外国人のお客様の受け入れに躊躇する旅館が少なくありませんでしたが、私たちは最初から外国人のお客様も歓迎し、積極的に受け入れてきました。英語での会話は自己流ですが、対応するうちに徐々に力がついてきました」と倉さん。「舟屋の宿 蔵」は、口コミで評判が広がり、一年を通じて概ね稼働率80%を維持する人気の宿になっている。
 国内外からの観光客の増加に伴って、地域で宿泊業を営む同業者も増えてきた。宿泊形態は多様で、中にはホテルのように「素泊まり」の形態をとる宿もある。「一泊二食付きの宿泊スタイルが当たり前だと思い込んでいましたが、それらを見て見習うところがありました。うちの場合、漁業と両立する必要上、料理を提供する労力やコストが課題になっていました。そこで徐々に料理の提供を減らし、地域の飲食店に送客するようになりました」と言う。
 現在は、漁業で獲れたイカや岩ガキなどを地域の飲食店に積極的に卸している。「ヤリイカの姿造りやしゃぶしゃぶ、新鮮な岩ガキの造りなど、季節の味を求めて来られる観光客も少なくありません。宿泊施設だけが増えても、観光業は成り立ちません。地域の飲食店も、もっと増えたらいいですね。私にできることなら応援したいと思っています」と語る。

商工会青年部での活動で得た人脈が事業に役立っている

 10数年間、伊根町商工会青年部に所属していたという倉さん。活動する中で得たものも大きいという。
 「商工会青年部に入っていたからこそ、他の事業者の先輩方と知り合うことができました。経営について、異業種の方から教えてもらったことも少なくありません。また例えば養殖したカキの新たな出荷先をご紹介いただくなど、青年部での出会いが今も事業につながっています」
 2023年9月に「RAKU伊根 by舟屋の宿 蔵」をオープンし、2024年6月には、「舟屋の宿 蔵」のリニューアルオープンも控える。コロナ禍で、約3年にわたって遠のいていた旅行客が戻りつつあり、今後の宿泊業の収益向上に期待がかかる。
 「できれば漁業の収益も増やしたいんですけど」と笑顔を見せながら、宿泊業も漁業も、課題は「人手不足」と明かす。「本当はお客様のご要望に応えて、自分で獲った魚介を宿で提供したい」と理想を語った倉さん。今後も宿泊業、そして漁業の両方の継続と発展を目指していく。